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昔の話を伝えていこう



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平成27年2月11日(水)、鳴門市ドイツ館において、約120名の参加者のもと、第2回「昔の話を伝えていこう!」小中学生作文コンクール表彰式が開催されました。コンクールには、県内の小中学校より279点の応募があり、表彰式に出席した19名の小中学生が各賞の表彰を受け、賞状及び記念品が授与されました。 表彰式に引き続き、鳴門市出身の児童文学作家くすのきしげのりさんの記念講演がありました。


小学校の部 金賞受賞作品
「昔のお葬式」
 これは私のおばあちゃんから聞いた、昔のお葬式の話です。
 おばあちゃんは昭和24年生まれの今年65才、生まれ育ちは板野郡那東という所です。おばあちゃんは自分のおじいちゃんが亡くなった時の話をしてくれました。そのおじいちゃんはおばあちゃんが幼稚園の時亡くなりました。おじいちゃんは明治20年くらいに生まれた人です。
 今では人が亡くなると電話で知らせがきますが、当時は男の人が二人組で知らせに来る風習がありました。その二人組を「飛脚」と呼んでいたそうです。だから夜中に男の人が二人組で家を訪ねてくると、誰かが亡くなったのだなあ。とわかったそうです。  お葬式をするのは、現代のようなセレモニーホールなどでは無くて、多くの人が自宅で行っていました。
 村の中では「となり組」といって近所の15軒から20軒くらいの家が組になって(グループになって)何かあった時はその組でいろいろと協力し、助け合っていました。お祭りや結婚式もその組ごとでやっていて、この時のお葬式もその組の人が全員来てくれて、料理や式の準備を手伝ってくれます。「昔は今と違って人と人のつながりが多くて太かったんよ。」そして「みんな貧しいかったけん協力し合わないと出来ないことも多くあったし、農家の人がほとんどだったけん、農業はみんなで力を合わせないと出来んけんな。」と言っていました。私はそのようにみんなで集まって色々な事をするのはすごく楽しかったのではないかと思いました。
 お葬式が終わるとおじいさんの亡がらを棺桶に入れて焼き場まで運びます。棺桶は今のように細長いものではなくて、大きな丸い桶に遺体を座らせて入れたそうです。運ぶ時は家族の人と組の人たち全員で長い列になって歩いていきます。行列の先頭はいろいろな飾り物をつけた長い竹の棒を持っており、その後を、お団子を持った人、棺桶をかついだ人、家族、組の人、近所の人たちが見送りに続いていきます。
 焼き場は河原のそばにありました。焼き場に着くとお坊さんが読経をあげ、その後大きなかまの中に棺桶とまきを入れて焼きました。まきをくべた後はいったん全員が言えに帰ります。一晩中まきで焼くのです。次の日、火がおさまったら身内だけでおじいさんの骨を拾いに行きました。
 このようなお葬式のしきたりはおばあちゃんもそれが最後だったようです。その後は、じょじょに現在のような形式になっていきました。
 その河原の焼き場の近くは街灯も全くなく火の玉を見たという人もたくさんいたのでおばあちゃんは子供のころとても怖かった思い出があるそうです。